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佐賀地方裁判所 昭和60年(ワ)156号 判決 1988年1月19日

原告(反訴被告)

西山照明

被告(反訴原告)

江口義廣

主文

一  別紙事故目録記載の交通事故に基き、原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する損害賠償債務が存在しないことを確認する。

二  反訴原告(被告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴、反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。

事実

以下、「原告(反訴被告)」を単に「原告」といい、「被告(反訴原告)」を単に「被告」という。

第一当事者の求めた裁判

1  本訴

(請求の趣旨)

一 主文第一項同旨

二 訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

2  反訴

(請求の趣旨)

一 原告は被告に対し金二五三万三、八八五円およびこれに対する昭和六〇年二月二〇日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二 反訴費用は原告の負担とする。

三 仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一 被告の反訴請求を棄却する。

二 反訴費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

1  本訴

(請求原因)

一 別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

二 被告は本件事故により被害車が破損し、被告が傷害をうけたと主張している。

三 しかし、被害車の破損の程度は極めて軽微であり、被告が傷害をうけたか否かは極めて疑わしい。

四 原告は被告に対し、昭和六〇年四月一日金五万円を、同年五月二四日金一四万八、〇〇〇円を、それぞれ支払い、なお被告は自賠責保険金四〇万円の支払を受けている。

五 仮に被告が本件事故により何らかの損害を蒙つているとしても、右合計金五九万八、〇〇〇円の支払により被告の損害は、すべて填補されているのであるが、被告はこれを争うので右損害賠償債務の不存在の確認を求める。

(請求原因に対する答弁)

一 請求原因一、二項及び四項の各事実は認めるが、同三項、五項は争う。

二 被告は、反訴請求原因記載のとおり原告に対する損害賠償債権を有する。

2  反訴

(請求原因)

一 本件事故が発生した。

二 本件事故は原告の後方不注意により急後進した過失によつて発生したものである。

三 被告は、本件事故により、項部、両肩、右腰挫傷の傷害をうけ、

(一) 唐津市内所在古川外科医院で昭和六〇年二月一九日初診、翌二月二〇日から同年六月三日までの間同医院に入院した後、同年八月二二日まで実日数六〇日間同医院に通院治療した結果、

<1> 同医院から治療費金一一一万八、六八五円(うち金五一万八、五二五円は国民健康保険から同医院に支払われている。)の支払請求を受けており、

<2> 入院期間中一日当たり一、〇〇〇円、一〇四日分、計金一〇万四、〇〇〇円の入院雑費を要した。

(二) 右入通院治療期間である一八四日間休業を余儀なくされ、一日当り六、三〇〇円として、計金一一五万九、二〇〇円の休業による損害をうけ、

(三) 右治療に伴う精神的損害としての慰謝料は少なくとも金四五万円を下らない。

(四) 又、この訴訟手続に関して必要な弁護士費用は金三〇万円を下らない。

以上、結局被告の受けた人身損害としては合計金三一三万一、八八五円となる。

(五) しかし、被告は、本訴請求原因四項のとおり、すでに金五九万八、〇〇〇円の損害の填補をうけているのでこれを控除すると金二五三万三、八八五円が被告が原告に賠償を請求しうる損害金となる。

四 よつて、原告に対し右金二五三万三、八八五円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和六〇年二月二〇日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する答弁)

一 本件事故の発生並びに被告が金五九万八、〇〇〇円の損害の填補をうけたことは認めるが、その余の事実は争う。

二 本件事故による被害車の破損の程度は極めて軽微であり、被告が傷害をうけたか否かは極めて疑わしい。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

理由

一  次の各事実は当事者間に争いがない。

1  本件事故が発生した。

2  被告は本件事故により被害車が破損し、被告が傷害を受けたと主張している。

3  原告は被告に対し、昭和六〇年四月一日金五万円、同年五月二四日金一四万八、〇〇〇円をそれぞれ支払い、なお被告は自賠責保険金四〇万円の支払を受けている。

二  いずれも成立に争いのない乙第三号証、同第七号証の一ないし七、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第一ないし第五号証、証人古川裕生の証言によりいずれも真生に成立したものと認められる乙第一号証、同第四号証の一、二、第五、第六号証、証人古川裕生の証言、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果(第一、二回)を総合すると、次の各事実が認められる。

1  原告は、加害車を運転して本件事故現場にさしかかり、別紙交通事故現場見取図表示の交差点手前<1>点付近で一旦停止したところ、折から左方道路を納所方面から北進して前方交差点に進入し右折して対向車線に入るべく点付近を進行して近づいて来た大型自動車を認めたので接触の危険を感じ、運転席の窓から顔を出して後方を見ながら約七・四〇メートル位後退してこれを避けていたところ、先行する加害車の停止に応じ<ア>点付近に停止していた被告運転の被害車の前部に、<×>点付近において、加害車の後部が衝突した。

2  この衝突による両車の損傷の部位と程度は、加害車はその後部ナンバープレート下部が僅かに曲がる程度のものであり、被害車はそのフロントバンバーに擦過痕、ボンネツト先端部に一ケ所僅かな凹損(その状況は甲第四号証の写真に明らかである。)が見られるだけであつた。被害車の修理費用は、修理工賃二万二、五〇〇円、部品代金二万九、四〇〇円の計五万一、九〇〇円を要した。

3  原告には右衝突によつて何らの負傷もなかつた。

4  また原告は本件事故に関して警察、検察庁での取調をうけたが、罰金等何らの刑事処分もうけなかつた。

5  被告は、本件事故当日の昭和六〇年二月一九日唐津市和多田の自宅近くにある古川外科医院に行き診察と治療を受け、翌二〇日から同年六月三日までの一〇四日間同医院に入院し、その後同年八月二二日まで同医院に通院して、治療を受けた。

6  古川外科医院での初診時原告は古川裕生医師に本件事故の発生態様とこれにより受傷した旨を述べ、頭痛、めまい、吐き気、左拇指疼痛等の症状を訴えた。古川医師は、被告の血圧測定、X線撮影、触診、視診等により診察をしたが、被告については他覚的所見は何も認められず、X線撮影によつても骨にも異常は認められなかつた。そこで後日、同医師は、被告の主訴、自覚症状のみに基いて病名を「項部、両肩、右腰挫傷」と記載した医証や診断書を発行したものの、正確にいうと被告の主訴に基づく病名は「項部、腰部の捻挫」であつた。入院治療中、被告は前記症状の外不眠、胃部不快感、項部痛、眼痛等の多彩な症状を訴え、退院時には、なお全身倦怠感の残存を訴えていたが、これらは医学上、「バレリー症候群」といわれるものであつて、交通事故による傷害に特有のものではなく、要するに交感神経を刺戟するものがあれば条件次第で徐々に或いは突然にでも発生するものであり、自覚症状はあるが、他覚的には判定不可能なものであつて、被告の治療にあたつた古川医師にも原告の訴える症状と本件事故との因果関係は不明であつた。いわゆる「むちうち症」と「バレリー症候群」との関係については、「むちうち症」をその程度の軽重により三分類した場合の最も重い症状がバレリー症候群に当る。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  右認定事実にあらわれた本件事故の態様、加害車、被害車の損傷部位と程度等によると、本件事故の衝突によつて被害車に生じた衝撃は軽微なものであつたことが容易に推認され、経験則上被害車の運転者であつた被告の項部付近に捻挫による傷害を与えるに足りる通常の運動域を越える過剰な屈伸を強いたものとは認めることができず、また腰部捻挫を発生するに足りる衝撃であつたとも認め難い。

而して以上の認定事実を総合して考えると、前示被告の一〇四日間の入院治療と退院後昭和六〇年八月二二日までの通院治療を要したバレリー症候群の症状は、他の何らかの要因に基づくものとうかがわれるのであつて、本件事故によつて被告の身体に加えられた物理的損傷によるものと認めるには未だ至らないものである。

四  よつて、被告の反訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえないからこれを棄却することとし、従つて原告の本訴請求は理由あるものとしてこれを認容し、本訴、反訴の訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森林稔)

別紙 事故目録

交通事故発生の

1 日時 昭和六〇年二月一九日午前〇時三〇分頃

2 場所 佐賀県多久市東多久町大字別府一、九四四番地先道路上

3 加害車 普通貨物自動車(佐四四に五六四三)

4 右運転者 原告

5 被害車 普通乗用自動車(佐五六に七二〇九)

6 右運転者 被告

7 態様 被告は被害車を運転して通行中、先行車である加害車が停止したのでこれに伴い停止したところ加害車が後進し被害車に衝突した。

以上。

別紙 交通事故現場見取図

<省略>

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